志村けんの豪遊エピソードが凄すぎる(画像あり)

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志村けんの豪遊エピソードが凄すぎる(画像あり)

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志村けん「コント界のカリスマ」になるまでの驚愕エピソード


4半世紀以上、“コント界のカリスマ”であり続けている志村けん。ケタ違いの金を手にできた昭和の時代に天下を獲ったとあって、そのすべてが規格外だ。昔の話を聞かせくれたのは、演芸雑誌の元編集長。 

志村さんは元ザ・ドリフターズのファンです。18歳でドリフのボウヤ(楽器を持つための弟子)になって、『8時だヨ!全員集合』がスタートした時は、わずか5000円の月給。ド貧乏で、空腹はドリフが食べ残した弁当でしのいでいました。3年にわたる付き人生活のあと、お笑いコンビ『マックボンボン』を結成、のちに解散。ちょうどその頃、ドリフから荒井注さんが脱退したため、志村さんが加入。月収は、50万円に跳ね上がったそうです

その2番組の出演者と関係者を引き連れて、週に2回は『会食⇒高級クラブ⇒ディスコに出動』のコースを堪能。クラブでは、30万円をポンと支払っていたそうです。その頃からダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが付いて回っていましたが、ある日の夜は、志村の代わりに自分が飲み代を負担しようとしたそうですが、ある店の会計を見てビックリ。自分の家賃1カ月分だったとか(笑)

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志村けん、今明かされる「コント界のカリスマ」になるまでの驚愕遊びっぷり- 記事詳細|Infoseekニュース


志村けん(しむら けん:1950/2/20生)


本名、志村 康徳(しむら やすのり)。
東京都出身のコメディアン、お笑いタレント、司会者。ザ・ドリフターズのメンバー。
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1968年、ザ・ドリフターズの付き人になる。

1972年、22歳の時に井山淳とお笑いコンビ・マックボンボンを結成し、芸能界デビュー。
その後、井山が脱走し解散。
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1973年、「メンバー見習い」の扱いでドリフに出戻り、翌年正式メンバーとなった。
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1981年、競馬のノミ行為容疑で任意聴取を受け書類送検される。
ドリフメンバーの中で唯一、結婚歴がない独身。

付き人時代に同棲していた女性とは、結婚していないにも関わらず子供ができたが、周囲の反対で別れ、その後消息不明となったと語っている。

志村けん - Wikipedia


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